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神戸地方裁判所尼崎支部 平成9年(ワ)926号 判決 1999年3月31日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

垣添誠雄

被告

兵庫県

右代表者知事

貝原俊民

右訴訟代理人弁護士

奥村孝

右訴訟復代理人弁護士

石丸鐵太郎

堺充廣

堀岩夫

右指定代理人

吉井和明

外五名

主文

一  被告は、原告に対し、金八四〇万三七五九円及びこれに対する平成六年一一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、四二四六万八八六〇円及びこれに対する平成六年一一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が被告の設置する高等学校での野球部のバッティング練習中に負傷したことにつき、原告が被告に対し、右高等学校の教諭の指導に過失があった又はバッティング練習に使用した用具に瑕疵があったとして、国家賠償法一条一項又は二条一項に基づき、損害賠償を請求している事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、平成六年一一月二日当時、兵庫県立A高等学校(以下「A高校」という。)の第一学年に在籍し、部活動として野球部に所属していた。

乙川(以下「乙川教諭」という。)は、平成六年一一月二日当時、A高校の保健体育科の教諭であり、A高校の野球部の監督をしていた。

2  平成六年一一月二日、原告は、A高校のグラウンドで行われた野球部の練習に参加し、乙川教諭は、グラウンド内において、原告ら部員に対し練習を指導していた。

この日の練習は、ピッチングマシン(以下「マシン」という。)二台を用いて打撃練習をするというものであり、原告は、そのうちの一台のマシンにボールを入れる係を担当していた。なお、当日の二台のマシンや打者の位置関係は、概ね別紙図①ないし③のとおりであり、原告は、バックネット側から見て右側のマシンの操作係をしており、その前には防球用のネットが二つ設置されていた。そのうち、同図で「ネットA」と記載された位置にあった防球用ネットは約三メートル四方の鉄枠とポリエステル六〇本を束ねて作った約三センチメートル四方の多数の網目とでできたものであり(別紙図④、乙一〇の写真⑤参照)、「ネットB」と記載された位置にあった防球ネットは、縦約1.75メートル、横約1.5メートルの鉄枠と同様に多数の網目とでできたものであるが、中央にマシンのボールを出すための穴(縦約1.05メートル、横約0.3メートル)が開けられている(別紙図⑤、乙一〇の写真⑧参照。以下、前者の種類のネットを「ネットA」と、後者の種類のネットを「ネットB」といい、特に本件で使用されたネットAを「本件ネットA」と、ネットBを「本件ネットB」という。)。ネットAは、主として他のマシン等により打撃練習をしている打者の打球を防ぐためのものであり、ネットBは、正面の打球、すなわち自分が操作しているマシンの打撃練習をしている打者の打球を防ぐためのものである。

右練習中、原告が担当していたマシンの横(別紙図①ないし③で「ピッチングマシン(直球)」又は「ストレートマシン」と記載された位置)では別のマシンを使って当時A高校の二年生であった丙田(以下「丙田」という。)が打撃練習をしていたが、丙田の打ったボールが、原告の右眼に当たり、原告は負傷した(丙田の打球がどのような経路を通って原告の右眼に当たったかは、後述のとおり争いがある。以下、右事故を「本件事故」という。)。

3  原告は、本件事故の治療費として一〇一万四四四〇円を要したが、健康保険及び日本体育・学校健康センターから全額が支払われた。また、日本体育・学校健康センター及び社団法人兵庫県高等学校教育振興会から、右治療費の他に、障害見舞金及び雑費等として合計三七〇万〇一二四円が支払われた。

二  争点

本件の主要な争点は、① 被告の損害賠償責任の有無、② 原告の損害額、③ 過失相殺の三点である。

1  被告の損害賠償責任

(一) 原告の主張

(1) 本件事故は、丙田の打ったボールが本件ネットAの破損していた箇所を通過し、本件ネットBの中央の穴の開いた箇所を通って原告の左眼を直撃したというものである。

(2) 乙川教諭は、野球部の指導をするにあたり、使用する用具類の安全性を点検する義務があるところ、右の義務を怠り、ボールが通過するという損傷箇所のあった本件ネットAを使用させたために本件事故が発生したものであり、乙川教諭に過失があることは明らかである。

(3) また、防球ネットは、国家賠償法二条一項にいう「公の営造物」に該当するところ、それが損傷していたのであるから、通常有すべき安全性を欠いていたことは明らかである。

(二) 被告の主張

(1) 乙川教諭は、常日頃、マシンを使用したフリーバッティング練習をすることに関し、マシンの操作係に対し、危険を避けるため、正面の打者の打球はもちろんそれ以外の打球にも気をつけること、グラブをはめ、ヘルメットを着用すること、打者が右打者か左打者か、強打者かそうでないかなどによって打球の速さや飛ぶ方向が変わるので、その都度防球ネットの位置や角度を調整すること、ネットBは中央にボールを出すための穴が設けられておりそこから打球が飛んでくることがあるのでその正面には立たないことなどの指導をしていた。また、防球ネットの設置に関しても、ネットが損傷しておらず、危険な箇所のないものを選んで設置するよう指導しており、乙川教諭自身も、いつも防球ネットを注意して観察しており、損傷箇所があるものについては、直ちに補修をするよう部員に指示するとともに、補修方法についても部員を指導していた。

(2) 本件ネットAは、本件事故当日も別段損傷箇所はなく、いつものようにフリーバッティングを開始し、乙川教諭は、丙田の打撃フォームを指導していたが、丙田が乙川教諭の指導どおり理想的なフォームで素早いスイングで打ったところ、打球の速度が早く本件ネットAの中央から斜め上付近の箇所(別紙図④の×印を付した箇所)の網目を突き破り、失速して方向を下に変え、本件ネットBのボールを出すために開けられた穴を通過した後、マシンに当たり、それが跳ね返って原告の左眼に当たった。

(3) このように、本件ネットAを突き破った打球が原告の左眼に当たったものであり、それを予見することは不可能であって、乙川教諭には過失はない。

また、防球ネットが国家賠償法二条にいう「公の営造物」に該当するか疑問であるし、防球ネットは、前述のとおり、適正に保守管理をしており、通常有すべき安全性を備えていたということができ、防球ネットの設置又は管理に瑕疵はない。

2  損害額

(一) 原告の主張

本件事故による原告の損害は次のとおりであり、その内金として四二四六万八八六〇円及びこれに対する本件事故の日である平成六年一一月二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

① 入通院慰謝料 八八万円

原告は、平成六年一一月三日から同月二四日まで兵庫医科大学病院に入院した(入院日数二二日)ほか、平成八年一〇月一八日まで同大学病院、樋口眼科及び兵庫県立尼崎病院に通院した(実通院日数合計二八日)。入通院の慰謝料としては、八八万円が相当である。

② 入院雑費 二万八六〇〇円

入院雑費は、一日一三〇〇円が相当であり、二二日間入院した。

③ 通院雑費 二万八〇〇〇円

通院雑費は、一日一〇〇〇円が相当であり、二八日間通院した。

④ 後遺障害慰謝料 六四〇万円

原告は、本件事故により左眼の視力が0.1となり、後遺障害一〇級一号に該当する。また、左眼には著しい調節機能障害と視野狭窄があり、それぞれ後遺障害一二級一号、一三級二号に該当する。そして、これらの障害を合併しているので、後遺障害九級に該当するものであり、後遺障害の慰謝料としては六四〇万円が相当である。

⑤ 逸失利益四〇九〇万七四七五円

原告は、現在、近畿大学建築学科に在籍しており、卒業後は一級建築士として稼働する予定である。賃金センサスの男子全年齢平均給与額は月四一万〇一〇〇円であり、労働能力喪失率を三五パーセントとして計算すると(新ホフマン係数は23.75)、原告の逸失利益は、次の計算式のとおり、四〇九〇万七四七五円となる。

41万0100円×12か月×0.35×23.75=4090万7475円

⑥ 以上合計四八二四万四〇七五円

⑦ 損害の補填

原告は、損害の補填として合計四七一万四五六四円を受領しているので、それを控除すると、四三五二万九五一一円となる。

⑧ 弁護士費用 三〇〇万円

弁護士費用は三〇〇万円が相当である。

⑨ 以上合計四六五二万九五一一円

(二) 被告の主張

損害額については、争う。

3  過失相殺

(一) 被告の主張

高等学校の部活動は、生徒が自主的、主体的に行うものであって、教育課程外の教育活動である。したがって、活動そのものはもちろん、活動に用いる施設、用具の管理は、第一義的には部員自ら行うべきものである。部員としては、乙川教諭の指導を十分に理解し、練習に際して防球ネットの状態を点検し、安全性の確認をすることは当然のことであり、原告も、本件ネットAに異常はなく安全であると考えたからこそ、それを使用してフリーバッティングを開始したものである。したがって、仮に、乙川教諭に防球ネットの安全管理上の注意義務違反が認められるとしても、原告には乙川教諭以上に安全管理上の注意義務違反が認められるのであり、大幅な過失相殺がされるべきである。

また、原告は、乙川教諭の指示に従い、隣りのマシンを用いた打撃練習の状況を注視するなど危険回避の措置を講じていれば、本件事故の発生を防止することができたと考えられるところ、原告はそれを怠ったために、本件事故が発生したものであり、この点でも原告には相当な過失がある。

(二) 原告の主張

仮に、被告が主張するように、丙田の打球が本件ネットAを突き破ったために本件事故が発生したのであれば、そのような防球ネットを使用させた乙川教諭に全責任があり、原告には過失はないというべきである。

第三  争点に対する判断

一  争いのない事実に証拠(甲一、乙一、三、九ないし一二、一四、証人乙川、同川原浩二、同松村彰、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。

1  原告(昭和五三年五月二九日生)は、平成六年四月、A高校に入学し、まもなくA高校の野球部に入部した。

なお、右野球部は、学習指導要領上学校教育において正規の教育活動の一部と位置づけられている必修のクラブ活動ではなく、教育課程外の任意の部活動である。

2  平成六年一一月二日当時、A高校の野球部は、同高校で保健体育科教諭として勤務していた乙川教諭及び黒田浩一教諭が顧問をしており、乙川教諭が監督として、黒田浩一教諭が部長として、部員の指導を担当していた。

乙川教諭は、中学入学後に本格的に野球を始め、昭和五三年三月に日本体育大学体育学部を卒業するまでの間、野球部の選手として活動していた。そして、昭和五四年四月から芦屋市立芦屋高等学校の教員となり、同時に同高校の野球部顧問をし、昭和五六年四月からA高校の教員となり、同時に野球部の顧問となった。

3  A高校の野球部で行われていたフリーバッティングの練習方法は、通常、別紙図①ないし③のとおり、三か所のバッティングゲージを設置し、それぞれのゲージの前に、バッティング側から見て、左側に投手、中央に直球用マシン、右側にカーブ用マシンを設置し、マシンにはそれぞれマシンにボールを入れる部員を配置し、投手とマシン二台から順にボールを投げ、それぞれ正面のバッティングケージに立った三人の打者が打ち、内、外野のそれぞれのポジションに一人から数人配置した守備係が飛んできた打球を受けるというものであった。このような形式のフリーバッティング練習は、ごく一般的なものである。

4  平成六年一一月二日、放課後、野球部員が集合して準備運動やキャッチボール等の練習をした後、午後四時すぎから、乙川教諭の指示によりフリーバッティングの練習が開始された。フリーバッティング練習の開始に先立ち、いつものとおり、原告を含む一年生の部員によりマシンや防球ネットの設置がされ、別紙図①ないし③で「ネットA」と記載された位置に本件ネットAが、「ネットB」と記載された位置に本件ネットBが設置された。

原告は、バックネット側から見て右側のマシンにボールを入れる係を担当していた。そして、もう一台の中央のマシンでは、本件事故当時、A高校二年生であり、三番バッターであった左打ちの丙田がバッティング練習をしており、乙川教諭がその打撃フォームの指導をしていた。また、別紙図①ないし③で「ピッチャー」又は「投手」と記載されたところでは、本件事故当時、投手が投球練習をしていたが、まだバッティング練習は開始されておらず、このため、二台のマシンから順に出されるボールを丙田と別の生徒が打つという練習であった。

そして、フリーバッティングの練習が開始されてまもなく、丙田の打ったボールが、本件ネットAの中央の斜め上付近の損傷していた箇所(別紙図④で×印を付した箇所)を通過した上、本件ネットBの中央の穴が開いた部分を通り、原告の操作していたマシンに当たり、それが跳ね返って原告の左眼に当たった。なお、原告は、屈んでマシンに入れる次のボールを取り上げていたため、丙田が打った瞬間は見ておらず、顔を上げたときには丙田の打球が左眼に当たる直前であり、その打球を避けることができなかった。

5  なお、当時、A高校にはネットAは一〇台ほどあり、普段グラウンドの隅に置かれており、フリーバッティングの練習をする際に、部員がその中から四台をもってきて別紙図①ないし③のとおり所定の位置に設置していたが、ネットAは、他の部活動や体育の授業でも利用されており、また生徒がもたれたりするために、損傷箇所のあるものもあり、中には穴が開いて野球のボールが通過する危険なものもあったが、部員は、フリーバッティングの際には一〇台の中から損傷箇所の少ないものを選んで設置していた。当日も、原告は、本件ネットAにボールが通過しかねないほどの損傷箇所があることは認識していたが、偶然そこから打球が飛んでくることはないという意識があり、特に危険であるとは思っていなかった。

6  また、ネットの補修については、乙川教諭の実家が漁師であることから、主としてそこから送ってもらった漁業用の紐を使っていた。そして、毎年七月末に一、二年生による新チームが結成されたときに、全部員によりネットの補修をしていたが、それ以降は、冬のシーズンオフにまとめて補修をするまで、野球部のマネージャーの生徒がたまに補修をする程度であり、部員が補修をすることはなかった。また、乙川教諭も、たまにネット等の用具類の点検を部員に指示することはあったが、特に厳しく指導をすることはなく、本件事故当日も、特に指導はしなかった。

7  なお、ネットAのネット部分の耐久年数は通常七年程度であるが、本件ネットAは、本件事故後しばらく使用せずに保管されていたがその後廃棄されたため、いつ購入したか、ネットの張替えをしたことがあるか等については不明である。また、乙川教諭は、ネットに耐久年数があることは知らず、また本件事故後、本件ネットAに瑕疵があったかについて調べたことはない。

以上の各事実が認められる。

なお、乙川教諭は、「本件ネットAには損傷箇所はなく、丙田が理想的なスイングで打ったために打球が本件ネットAを突き破ったものであり、それを予見することは不可能であった」旨を供述するが、当時の野球部員であった川原浩二、松村彰及び原告のいずれもが、ネットAには穴が開いたりするなどの損傷箇所があった旨を供述していること、もともと防球ネットは、打球を防ぐためのものであり、いかに強力な打球であったとしても、損傷がない限り高校生の打球がそれを突き破るとは考えがたいこと(乙川教諭も、二〇年近く野球をしているがこれまで防球ネットを突き破る打球は本件を除いて見たことがない旨を供述する。)からすると、乙川教諭の右の供述は措信できず、丙田の打ったボールは本件ネットAの損傷していた箇所を通過したものと認められる。

二  右認定の事実関係を前提として、以下、各争点を検討する。

1  争点1(被告の損害賠償責任)について

(一)  A高校の野球部は、教育課程外の部活動であるが、学校教育の一環として行われるものである以上、その実施について、指導教諭は生徒である野球部員を指導監督し、事故の発生を防止すべき注意義務があるというべきである。そして、本件で行われたように二台のマシンを使って二人の打者が打撃練習をするフリーバッティングの方法は、ごく一般的であり、問題とすべき練習方法ではないが、そもそもマシンの操作係は、危険な打球に対しては防球ネットに身を隠すことが予定されているのであり、損傷箇所のある防球ネットを使用した場合はマシンの操作係の生命身体に対する危険性が極めて高いのであるから、指導教諭としては、自ら防球ネットの損傷の有無を確認するか、あるいは部員に対し絶えず確認し損傷がある場合には必要な補修をするように指導すべき義務があるというべきである。

(二)  しかるに、乙川教諭は、たまにネット等の用具類の点検を部員に指示することはあったが、特に厳しく指導をすることはなく、本件事故当日も、特に指導はしておらず、自らも損傷の有無を確認していなかったこと、部員は、フリーバッティングの練習に際しては、適宜損傷箇所の少ないものを選んで使用していたが、乙川教諭は、そのことを知らず、防球ネットの安全性に対する注意を怠っていたこと、防球ネットには耐久年数があるのに、乙川教諭は本件ネットAの購入時期等を把握していなかったことなど、前記認定の事実関係の下では、乙川教諭には安全配慮に欠ける点があったというべきであり、乙川教諭の過失を認めることができる。

(三) そうすると、乙川教諭は被告の公務員であるから、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、本件事故により原告が被った損害の賠償をすべき責任がある。

2  争点2(損害額)について

(一) 治療費一〇一万四四四〇円

治療費が一〇一万四四四〇円であることは、前示のとおりである。

(二) 入通院慰謝料 八〇万円

証拠(乙二、三、原告本人)によると、原告は、平成六年一一月三日から同月二四日まで兵庫医科大学病院に入院した(入院日数二二日)ほか、本件事故当日及びその翌日に樋口眼科を、兵庫医科大学病院を退院後平成七年一月まで同病院に、その後平成八年一〇月まで兵庫県立尼崎病院に通院した(実通院日数は合計二八日間)ことが認められ、入通院による慰謝料としては、八〇万円が相当である。

(三) 入院雑費 二万八六〇〇円

入院雑費は、一日一三〇〇円が相当であるから、二万八六〇〇円について認めることができる。

(四) 通院雑費 〇円

通院雑費については、具体的な主張立証がなく、認めることはできない。

(五) 後遺障害慰謝料

四八〇万円

証拠(甲一、二の1ないし3、三、乙三、四、五の1ないし3、原告本人)によると、原告は、本件事故により左眼隅角後退、硝子体出血、網膜動脈閉塞症、網膜円孔及び脈絡膜破裂の傷害を負い、平成一〇年三月時点において、裸眼視力は、右眼1.5、左眼0.1であり、矯正視力は左眼0.3であったこと、両眼の視力に著しい差があるため、立体視機能(両眼で物を立体的に把握する機能)障害があり、この障害は眼鏡で改善することは不可能であること、また、左眼視野狭窄があり、左眼は著しい調節機能障害により調節力が正常の二分の一以下に減弱していると思われること、平成八年一〇月一八日の時点で症状が固定したこと、日本体育・学校健康センターは、日本体育・学校健康センター法施行規則に定めた障害見舞金の給付をするにあたり、左眼の障害について同規則別表に定められた障害等級一〇級に当たると認定したことが認められる。

原告の右各障害のうち、矯正視力が0.3であることは、同規則別表に定めた障害等級一三級一号に、左眼に著しい調節機能障害があることは一二級一号に、視野狭窄は一三級二号に該当するところ、他に立体視機能障害があることなどを考慮すると、障害等級一〇級に該当するとみるのが相当であり、後遺障害の慰謝料としては四八〇万円が相当である。

(六) 逸失利益

一七九九万三六〇七円

証拠(原告本人)によると、原告は、平成九年三月にA高校を卒業し、同年四月に近畿大学に入学し、現在同大学に在学中であることが認められるところ、前記認定の後遺障害の程度からすると、労働能力喪失率は二七パーセントとみるのが相当であり、就労可能年数を大学卒業時の二二歳から六七歳までの四五年間、症状固定時である平成八年の賃金センサス第一巻第一表による産業計・企業規模計・大卒の男子労働者の二〇歳から二四歳の平均給与額三一九万六〇〇〇円を基準とし、これらに基づいて、原告の逸失利益を計算すると(新ホフマン係数は、症状固定時が一八歳であり就労可能始期が二二歳であるから、24.416から3.564を差し引いた20.852となる)、次の計算式のとおり、一七八九万〇八六〇円となる。

319万6000円×0.27×20.852=1799万3607円(円未満切捨て。以下同様)

(七) 以上合計

二四六三万六六四七円

3  争点3(過失相殺)について

(一) 原告が丙田の打球を注視していなかったことは前記認定のとおりであるが、フリーバッティング練習においては、隣りの打者の打球に対してはネットAで防ぐことができるようになっているのであり、本件ネットAに損傷がなく正しく設置されている限り、隣りの打者の打球がマシンの操作係に当たることはないのであるから、原告が丙田の打球を注視していなかったことをもって、原告に過失があるということはできない。

(二) しかし、他方、原告は、本件ネットAにボールが通過しかねないほどの損傷箇所があることを認識していながら、偶然そこを打球が通過することはないという意識から特に危険であるとは思わずに使用したことは、前記認定のとおりであるところ、原告は、既に高校生であり、フリーバッティングにおいて損傷箇所のある防球ネットを使用することの危険性は十分に認識し得たはずであるから、原告にも本件事故を招来した過失があるというべきである。

(三)  そうすると、本件損害賠償額を算定するに当たっては、五割の過失相殺をするのが相当であり、損害賠償額は、一二三一万八三二三円となる。

4  損害の補填及び弁護士費用

(一) 原告に対し本件損害賠償金の一部として合計四七一万四五六四円が支払われたことは前示のとおりであるので、右損害賠償額一二三一万八三二三円から四七一万四五六四円を差し引くと七六〇万三七五九円となる。

(二) 弁護士費用は、本件事案の内容、審理経過、認容額、その他諸般の事情を考慮すると、八〇万円が相当である。

第四  結論

よって、原告の請求は、右合計八四〇万三七五九円及びこれに対する本件事故の日である平成六年一一月二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、理由がある。

(裁判官大島眞一)

別紙図<省略>

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